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【佐賀新聞】 前橋原発訴訟判決

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 東京電力福島第1原発の事故は、なぜ起きたのか-。福島県から避難した住民らが国と東電に損害賠償を求めた訴訟の判決で、前橋地裁は「巨大津波を予見しており、事故は防げた」と結論付けた。
 最大の焦点は、巨大津波を予測できたかどうかだった。判決は、2002年に国の地震調査研究推進本部が出した長期評価「日本海溝でマグニチュード8クラス」に基づき、「予見可能」とした。実際、東電は2008年5月ごろには、敷地の高さをはるかに上回る「15・7メートル」の巨大津波を試算していた。
 起こり得る巨大津波を想定していながら、東電は何ら対策を取らずに放置したわけだ。前橋地裁は国に対しても「規制権限を行使すれば事故を防げたのにしなかった」と怠慢を明らかにした。
 特に注目したいのは、電力会社の安全に向き合う姿勢である。判決は、東電が「経済的合理性を安全性に優先させた」と指摘した。
 電力会社の立場からすれば、いつ来るかはっきりしないどころか、来ないかもしれない巨大津波のために、わざわざ手間と費用をかけるわけにはいかない。安全性には多少目をつむっても、利益を優先させたいのが本音だろう。
 電力会社に一義的な責任を負わせる現在の原発行政の在り方は、根本的な欠陥を抱えているのではないか。
 この判決は、原発立地県に暮らす私たちにとっても、大きな意味を持つ。九州電力玄海原発3、4号機が、再稼働に向けて山場に差し掛かっているからだ。すでに原子力規制委員会による審査に合格し、地元の玄海町は再稼働に同意した。20市町の首長も再稼働容認が多く、知事の最終判断に委ねられようとしている。
 なぜ再稼働が必要なのか。九州電力は県民説明会で「安価な電気」を供給し、九州経済に貢献するためと説明していた。目先の経済性だけに目を向ければ、その通りかもしれない。だが、ひとたび事故を起こせば、どれだけのコストが必要になるかは、今回の判決でますます分からなくなった。賠償費用がさらに膨らむからだ。もしも事故が起きれば、その費用は結局、私たち消費者が引き受けることになる。
 震災から6年。福島県から避難している人は、いまだ7万9千人に上る。先日の追悼式で、安倍晋三首相は「原発事故」にふれようとはしなかった。福島県の内堀雅雄知事が「県民感覚として違和感があった」と批判したが、当然だろう。原発周辺には人が住めない空白地帯が残ったままであり、原発事故は「過去形ではなく、現在進行形」だ。
 前橋地裁は判決を出すに当たり、裁判長らが実際に現地を訪れ、住民の暮らしをつぶさに見たという。その上で、放射性物質の不安にさらされない利益や、居住移転、職業選択の自由などを含む「平穏生活権」が侵されていると認めた。
 被災者の平穏な暮らしを奪った責任が、電力会社と国に突きつけられている。予見していた巨大津波から目を背けた「利益優先と怠慢」の姿勢は変わったか。「世界最高水準」と冠した新規制基準を過信してはいないか。新たな安全神話に逃げ込んではいないか。懸念が募る。(古賀史生)

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