Home > 社説 > 地方紙 > 北海道・東北地方 > 陸奥新報(青森県) > 【陸奥新報】 弘前さくらまつり「100年の歴史と魅力発信を」
E080-MUTSU

【陸奥新報】 弘前さくらまつり「100年の歴史と魅力発信を」

1 点2 点3 点4 点5 点 (未評価)  
Loading...

 
 弘前さくらまつりが、あす22日に開幕する。今年は祭りが始まってから100年の節目となる。時代を超えて今に息づく弘前公園の桜の美しさを存分に楽しみ、改めて内外にアピールする機会としたい。
 今年は園内のソメイヨシノが18日に開幕し、同じ日に外堀も開花した。中旬の気温が予想以上に高く推移したため、一気に開花が進んだとみられる。このため21日から出店の自主営業が始まり、開幕を前に祭りムードが高まっている。
 桜に対する思いは、長く厳しい冬を乗り越える雪国にとっては格別だ。春の到来と同時に日に日に桜のつぼみが膨らみ、次第に花が咲き始めていくさまを間近で楽しむことができるのは、やはり地元市民らの特権であり、自慢だ。弘前公園の桜の風情は、花の咲き具合はもちろん、天候によってもさまざまだ。
 このように桜に心を弾ませるのは、今も昔も変わらないようだ。今の祭りが始まったのは1918(大正7)年。当時の弘前商業会議所(現弘前商工会議所)の外郭団体である弘前商工会が「第1回観桜会」を開催したのが始まりとなる。
 当時の城下町弘前は封建的で堅苦しい空気が残っていた。しかし、明治以降に植えられた桜が順調に成長し、ハイカラな若者グループが公園に出店を依頼するなどして花見を楽しんだ。これが先駆けとなり、2年後の祭り開催に至ったようだ。
 祭りは特別な“ハレ”の日とされ、男性はスーツにネクタイ、女性は晴れ着の正装で園内に繰り出し、祭りを楽しんだ様子が当時の写真からもうかがえる。園内の出店にはトゲクリガニやガサエビが並び、サーカスのゾウなどに子どもたちは心躍らせた。当時から「弘前の観桜会」は有名で、花や“団子”を求める各地からの観光客でにぎわった。
 100年を経て時代は変わり、祭りの様子も当時とは変わった。それでも、桜の下で杯を交わしたり、軒を連ねる出店を楽しんだり。祭りを楽しみ、桜をめでる人々の思いは変わらない。弘前公園の桜の魅力も今や国内のみならず国外にも知れわたるまでになった。
 祭りに欠かせない桜を支えてきた存在として決して忘れてはならないのは、桜の管理技術を守り伝えてきた人たちだろう。今でこそ「桜守」として全国的に注目されるようになったが、長い間、縁の下の力持ち的な存在として、独自に生み出した「弘前方式」で桜を守り続けてきた。手間暇と、たっぷりの愛情を受けてこその桜の美しさと言える。
 100年目を迎えた弘前公園の桜の物語はまだまだたくさんある。多くの関係者によって守り続けられてきた祭りの歴史をこの節目にいま一度振り返り、祭りを楽しみながら、その魅力を後世へとしっかり伝え続けていく機会としたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。