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【社会新報】 安倍改憲発言 9条を死文化させ立憲主義を放棄

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 安倍首相は3日、改憲派集会に寄せたメッセージの中で「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込むという考え方は国民的な議論に値する」と提起し、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と言明した。1日の「新憲法制定議員同盟」大会出席に続いてのことであり、99条の憲法尊重擁護義務無視の態度は確信犯的だ。一方国会では、発言は党総裁としてのものだと使い分け、内容的な議論を避けている。野党第1党の民進党揺さぶりを企図しているとはいえ、他方で「国防軍」創設を明記した自民党改憲案との整合性という難題を抱えることになっている。
 難問はかなり重い。「自衛」について憲法には何も書かれていないことこそが、戦後保守政権の安保・自衛隊政策を支えてきたのだから。自衛権は国家固有の権利、すなわち憲法以前・憲法外のものとされた(だから司法審査の対象でもない)。再軍備過程ではこの固有の国家主権論に基づき、その実現方法について警察力論(警察予備隊)、近代戦争遂行能力の不保有論(保安隊)がとられたのに続き、自衛隊発足に至り「自衛のための必要最小限度の実力」は「戦力」に当たらず合憲との「自衛力論」が採用され、自衛の名の下で武力行使を認めた。
 この基本的論法は近年の戦争法制定まで一貫しており、「外国の防衛それ自体を目的とする武力行使は今後とも行なわない」が、「自衛の措置」としての「限定的な集団的自衛権行使」は認められるという地点にまで到達している。政府・与党がよく言う「これからも海外で戦争はしない」とはそういう意味だ。これは裏を返せば、海外で武力行使はできないという9条規範の縛りの強さを示している。これまで9条を相対化するために持ち出されてきた自衛権、さらに憲法にある平和的生存権や幸福追求権には、これらの名においてなぜ武力行使が認められるのかについて、憲法に則して説明されたことがないという共通点がある。
 しかし、戦力不保持と交戦権否認を規定した9条2項を残しつつ、自衛隊の存在を明記するという首相提案は、いわば憲法外原理に依拠することで辛くも支えられてきた自衛隊の位置付けに、新たな矛盾を持ち込むことになる。それは具体的には自衛隊が海外で紛争当事者となった場面において決定的に表れるだろう。
 9条の危機と立憲主義の危機はコインの裏表だ。 (社会新報2017年5月17日号・主張より)

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