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E135-KIRYU

【桐生タイムス】 つないでくれる人々

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 「駅のどこかに点字があっても視覚障害者にはそこに点字があることはわからない。どんな本が読みたいですかと言われても、どんな本があるか、私たちにはわからないんですよ」
 それは桐生点訳文化会の園田幸子さんが点訳活動に入って間もないころ、障害を持つ人と直接ことばを交わす機会を得て初めて知った世界だった。使ってくださいと言われても、たどり着くこと自体の難しさがある。考えもしなかったことだった。
 生まれつき目が不自由な人の場合、学校でしっかり点字を身につけているので、もちろん点訳本を喜んでくれる。多くのボランティアの取り組みに支えられてたくさんの図書があり、これを共有の財産として全国の人が活用できる仕組みもあって内容は年々充実しているという。
 園田さんは中央紙のコラム欄を点訳しながら冒頭の話を思い出す。そして、桐生にいればどこかに接点がある郷土出版物の存在自体を知らない障害者がいるのではないかと、気づいた。
 園田さんが注目してくれたのは本紙だった。紙面の中から「論説」や「ぞうき林」やいくつかの連載を選んで点訳をするようになったのが、同会の会長職を引き受けた5年前からである。
 出版物をひとつ選んで、たくさんの時間をかけて点訳して、それを桐生の読み物として全国の視覚障害者が活用できるような筋道も開いてくれた。
 こうした作業を通じ、地元には桐生タイムスという夕刊紙があることを初めて知ったという視覚障害者の声がひとつ、またひとつ届く。こうした反応を励みにして、その後も地道に取り組んできた園田さんである。
 点訳作業の一端を見せてもらったことがある。一冊を何度も読み返し、読み方の分からないものを徹底的に確認する。何事も丁寧にそれを繰り返す。
 地方紙の日々の記事を送り出す立場として、責任は重大であると気を引き締めて、かつ、やりがいを感じた瞬間である。
 読者の立場は実に千差万別である。一つの記事がそれぞれの立場をつなぎ、さまざまな世界との関係を取り持っていく。
 ことばの精度を高めることに鈍感になってないか。一人よがりに陥っていないか。慣れに埋没していないかと、自分の仕事を顧みる貴重な機会になった。
 園田さんはこの4月で会長職を退いたが、これからも活動を継続していきたいという。

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