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【山陰中央新報】 沖縄慰霊の日/非戦を柱に外交・安保を

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 太平洋戦争末期の沖縄戦の終結から72年。沖縄は「慰霊の日」を迎え、糸満市の平和祈念公園で全戦没者追悼式が営まれた。翁長雄志知事は平和宣言で「戦争の不条理と残酷さを体験した県民は、戦争のない、平和な世の中を希求する心を強く持ち続けている」と述べ、参列者は「平和の礎(いしじ)」に名前を刻まれた約24万人の戦争犠牲者を追悼し、平和を誓った。
 礎には今年も新たに判明した54人の戦没者の名前が加えられた。「平和の詩」を朗読し「癒えることのない
 この島の痛み
 忘れてはならない
 民の祈り」と訴えたのは高校3年生の上原愛音(ねね)さん。沖縄の戦争は今も続いている。
 沖縄には依然、在日米軍専用施設の約7割が集中し、政府は名護市辺野古沿岸部を埋め立て米軍基地を移設する工事を進める。中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発など安全保障環境の悪化が基地強化の理由に挙げられる。
 だが軍拡競争は逆に地域の緊張を増すことになる。そこに沖縄の、そして日本の未来が描けるだろうか。今の過重な基地負担につながる沖縄戦の実相と歴史に謙虚に学び、非戦を柱とする外交・安全保障戦略を構築したい。
 平和の礎には敵味方の区別なく米兵らも含む戦没者の名前が刻まれている。1995年に建立したのは県知事だった大田昌秀さんだ。6月12日に92歳で亡くなった大田さんは6月に出版した編著書「沖縄鉄血勤皇隊」で、礎は単なる慰霊の塔ではなく「反戦の誓いを込めた非戦の塔」だと書き残している。
 戦争体験者が高齢となり、大田さんのように戦争を語れる人が減る一方で、さまざまな角度から沖縄戦を研究する取り組みも続いている。沖縄県教育委員会が今年3月に発行した沖縄県史「沖縄戦」は、地上戦に至る経緯から激戦の記録、「障がい者」ら弱者の被害実態、戦後処理から記憶の継承など今に続く課題までを幅広く詳述している。
 戦争体験者の多くに心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがあるとの調査も紹介。「現在でも人々が負った大きな心の傷=トラウマは癒えない。沖縄戦はいまだ終わっていない」と記す。
 師範学校在学中に動員された大田さんは「戦争で軍隊は民間人を絶対に守らない」と訴え、96年に日米両政府が合意した宜野湾市の米軍普天間飛行場の返還でも、代替施設としての辺野古移設に反対を貫いた。かつて自民党沖縄県連の幹部として大田さんと対立した翁長知事が今、その主張を受け継ぐ。沖縄の反基地の思いと、政府との溝の深さが浮かび上がる。
 翁長知事は平和宣言で昨年末の米軍新型輸送機オスプレイ事故などを挙げて基地負担軽減とは「逆行」すると指摘、国民に「当事者」としての議論を呼び掛けた。辺野古移設に対しては「新たな基地を造らせない決意」を強調。県は辺野古での埋め立て護岸工事は違法として近く国を相手に差し止め訴訟を起こす。対立は再び法廷闘争に入る。
 政府は知事個人に損害賠償を請求する措置もちらつかせている。安倍晋三首相は式典で「基地負担軽減のため確実に結果を出していく」と述べたが、実際の行動と乖離(かいり)した言葉が沖縄の心に届くだろうか。

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