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【岩手日報】 公文書管理改正 国民を向いた対応こそ

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 学校法人「加計学園」「森友学園」問題や防衛省の日報隠蔽(いんぺい)問題により公文書管理の改善が迫られている。政府はガイドラインを年内に改正する方針で、有識者委員会が見直しを進めている。年明け以降、各省庁が行政文書管理規則を整備する。
 問われているのは、省庁の関係書類のうち、どれを公文書の一種である行政文書として保存し、どれだけの期間保管するか。委員会ではまず、保存期間を1年未満とする文書の範囲や廃棄する際の責任の所在を明確にする方向性が示された。
 そして、その可否を判断する責任者を各省庁に置く案が浮上している。複数の省庁にまたがる記録は、責任者同士が記載内容に食い違いがないかを確認する。
 では、それで本当に改善されるだろうか。情報公開に消極的な今の姿勢を見ると、身内の責任者を置いたからといって安心できない。
 妥当性をチェックできる仕組みがない限り、恣意(しい)的な判断となる恐れが強い。例えば外部の専門家ら第三者がチェックする仕組みを導入してはどうか。全ては無理だとしても、抜き打ち的に「判定」するのは可能ではないか。
 何より求められるのは、行政文書の具体的基準をはっきりさせておくことだ。
 加計学園の問題を巡っては、重要な内容を含む記録文書について文部科学省が「行政文書としては存在しない」とし、その後公表した際も「通常公表しない個人メモ」と主張した。
 都合の悪い文書を「個人メモ」として隠されてはなるまい。その内容が政策を決める過程に関わる重要なポイントなら、単なるメモではないはずだ。公文書として残すべきものだろう。
 公文書管理法が作成を義務付ける文書には「経緯も含めた意思決定に至る過程」を検証できる内容が含まれる。趣旨に沿った文書作成を徹底しなければならない。
 それが難しいなら「個人メモ」であっても原則保存し、公開対象とする対応も必要ではないか。情報公開に詳しい識者は、文書内容で判断する裁量を官僚に与えず、「メールや共有フォルダーで共有されれば法的に行政文書とすべき」と指摘している。
 本来、各省庁に求められるのは、政権に不都合な情報漏れを防ぐことではあるまい。政策決定の検証に必要な公文書を国民のためにきちんと残すことだ。
 どの方向を向くのかが問われている。政権なのか、国民なのか。公文書管理法が「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置付けていることを改めて肝に銘じたい。
 

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