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【中日新聞】 原子力規制委 信頼なくして安心なし

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 廃炉、汚染水、補償…。福島の事故を収束できない東京電力に、原発を動かす資格があるのだろうか−。原子力規制委員会の評価がぶれている。規制委が信用を失えば、私たちは安心を得られない。
 東京電力福島第一原発の事故の後、国内の全原発が停止した。
 二年近くに及ぶ“原発ゼロ”の時を経て、これまでに三原発五基が、3・11後の新たな規制基準に「適合」するとした原子力規制委員会の判断に基づいて、再稼働に至っている。
 規制委の審査は、例えば重大事故時の広域避難計画の是非などには及んでおらず、何より規制委員長自身が「安全を保証するものではない」とはっきり述べている。
 なのに、国も立地自治体も、あたかも安全の“合格証”であるかのような空気を醸成し、お互いに責任をなすりつけ合いながら、再稼働を見過ごし続けている。今この国の原発はほかでもない、“空気”に動かされているのである。
 しかし、さすがに柏崎刈羽、東電の原発だけは、例外かと思われた。規制基準による通常の技術的審査だけではなく、原発を扱う事業者としての東電の「適格性」にも踏み込むという、従来にない審査姿勢で臨んだはずだった。
 そのために七月、規制委は東電経営陣を呼んで意見を聴いた。
 田中俊一委員長は「福島の廃炉をやりきる覚悟と実績を示すことができなければ、運転する資格はない」と厳しく断じていた。
 大方の国民感情や、「福島の事故の検証と総括が先」とする、新潟県の米山隆一知事のスタンスにも沿うものではなかったか。
 循環冷却系の設置など技術面での配慮はある。だが事故原因は未解明。賠償のめども立っていない。ところが八月に入って「廃炉をやり遂げる」とする東電社長名の文書が出るや、任期切れを控えた田中委員長は一転軟化。「適格性を否定できる状況ではない」と議論をまとめようとした。
 このような“心変わり”に批判が出たが、結局は適格性も認めるようだ。
 基準を守るべき規制委自体が、ぶれている。
 規制委は、3・11に対する反省の象徴だった。何より大切にすべきは、住民の命、国民の安心ではなかったか。規制委が迷走していては、私たちは何を信じていいのかわからない。規制委への信頼なくして安心はありえない。
 具体的覚悟と実績の上に立つ、適正な判断を求め続けたい。  

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