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【中日新聞】 夜道を照らす月の人 週のはじめに考える

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 晩秋の月、さえざえと。あの月がなければ地球の自転にゆがみが生じ、人は住めなくなるそうです。月明かりの中で思い出す。プロ野球、あの名場面−。
 夏真っ盛りの八月六日、東京ドーム。巨人−中日十八回戦。九回1死一、二塁。得点は四対五。
 前々日に続いてこの回初めから登板したドラゴンズの守護神、岩瀬仁紀(ひとき)投手。四十三歳。先頭打者に初球を投げたときすでに、大記録は達成されています。
 通算九百五十試合登板の日本新記録。三百五十勝投手の米田哲也さん(九百四十九試合)、四百勝の金田正一さん(九百四十四試合)を抜き、日本で一番多く、プロのマウンドに登った男−。
 《ここまで笑顔もありませんし、ポーカーフェースで投げ続けるいつもの岩瀬の姿があります》
 テレビ中継のアナウンサーは、いささか興奮気味でした。
 試合はそのままドラゴンズの勝利に終わり、ヒーローインタビューのお立ち台、岩瀬は淡々と、でも誠実に、正直に答えています。
 《次の目標は》と聞かれ、《次は“九百五十一”をしっかりがんばります》と答えた岩瀬。聞き手が思わず言葉に詰まり、一瞬の間が空いたのが印象的でした。
 お立ち台を下りたヒーローは、贈られた花束をスタンドに向かって高くかざしてみせました。
 三塁側中日ファンはもちろん、一塁側巨人ファンからも惜しみなく降り注ぐ歓声を受け止めて、岩瀬は初めて破顔一笑、何とも言えない含羞の笑みでした。
 その笑顔に会いたくて、少し前、ナゴヤドームで話をうかがいました。 縁あって950試合
 −いつにない笑顔が、印象的でした。
 「記録が近づくと、自分では意識しないよう努めても、どうしても周りに意識させられます。そこから解放されたという部分もありました」
 −守護神は年中無休。百四十三試合すべてにスタンバイ。それでなくても、毎日すごいプレッシャーですからね。
 「先発投手はたとえ一週間に一度と言っても、その比重がものすごく重いですから…」
 −日々プレッシャーの中で、長く投げてこられたわけは。
 「野球ってのは自分一人ではできないんで、やっぱり人の巡り合わせとか、人の縁というのがすごく必要で、そういうのが間違っていたら、今このようにはなっていない。縁があるからやってこられたと思っているので−」
 −マウンドでも常に無表情。ガッツポーズをとることもないようですね。
 「不安を見せると相手につけ込まれるし、喜んでいると“何くそ”と向かってきます。そりゃあ投げる前は不安だし、心の中にはすごくいろいろあるけれど、そういうふうにやっていかなきゃいけないと、自分でつくり上げてきたものなので」
 −次は千試合を目標に。
 「いやあ、ないっすね。投げるのは結局、一つ一つの積み重ね。だから一年間、普通にやりたい。淡々とやっていきたいというのが本音であって−」
 リップサービスや勇ましいスローガンはありません。でも、返ってくる言葉はけれん味のないストレート。受け止めるミットにずしりと響く快速球−。
 守護神は、まさしく“月の人”でした。かたわらにいて、夜道をいつも、やさしく照らしてくれているような。 お日さまが強すぎる
 “太陽になりたい人”は勇ましく、輝きを巧みに演出しながら人を引きつけます。
 例えばアメリカ大統領、そして恐らくわが総理…。「われこそは世界の中心なり」と、数を頼りにわが道を突き進む−。
 でも、お日さまの光は強すぎて、本当の姿を肉眼でとらえることができません。光が強ければ強いほど、その影も深くなり、強すぎる日差しは時に、環境や人を傷つけ、不安にします。
 世界には、月の光が必要です。
 帰り際、「野球ファンの皆さんに贈る言葉をお願いします」と色紙を差し出すと、岩瀬は迷わず、「感謝」=写真=と書いてくれました。
 「両親、ファン、そして周りのすべての人に。ここまでやってこられたのは、多くの支えがあってのことなので…」と、あの笑顔を見せてくれました。
 「感謝」こそ「謙虚」の源なのかもしれません。  

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