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【公明新聞】 旧ユーゴ戦犯法廷閉所 戦争犯罪の明確化に大きな貢献

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六つの共和国から成る連邦国家だった旧ユーゴスラビアで独立に向けた動きが加速したことを背景に、1991年から2000年まで続いた内戦は、欧州で起こった第2次大戦以来の最悪の紛争だった。
民間人を含む20万人以上が犠牲になったとされる。
この紛争の戦争犯罪人を処罰するため、国連安全保障理事会の決議に基づき、1993年に設置された旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY)が、31日に閉所され、24年間の活動を終える。
第2次大戦後の東京、ニュルンベルク両裁判以降、初めての戦犯法廷となったICTYが内戦の最中に設けられたのは、殺人が当たり前となる紛争時でも処罰される罪があることを明確にし、非道な行いがエスカレートするのを防ぐために他ならない。
ICTYの活動を教訓に、国際社会は今一度、紛争時の重大な犯罪を許さないという姿勢を強めていきたい。
ICTYでは161人が起訴され、4650人が証言した。
有罪判決が言い渡されたのは90人に上る。
中でも、旧ユーゴの共和国の一つだったボスニア・ヘルツェゴビナの町、スレブレニツァでは、町を支配したセルビア人の勢力が、人口の8割を占めていたイスラム教徒のムスリム人約8000人をわずか数日のうちに殺害した。
これに対してICTYは、ジェノサイド(集団殺害)の罪を初めて適用。
主導したセルビア人勢力の指揮官に禁固40年の判決を下した。
ジェノサイドは、ニュルンベルク裁判でナチス・ドイツによるユダヤ人の虐殺を表現するのに使われた言葉で、ある民族や人種を絶滅させる目的で大量に殺害することを意味する。
同裁判以降、ジェノサイド防止条約が1948年に国連総会で採択された。
また、ICTYが、紛争中の集団婦女暴行(レイプ)を、東京、ニュルンベルク両裁判で創設された戦争犯罪の一つである「人道に対する罪」に当たると初めて認定したことの意義も大きい。
世界各地では、今も紛争が起こっている。
国際社会は、国際刑事裁判所(ICC)の活動を支え、戦争犯罪人を裁き、被害者を救済するための協力を強化すべきである。

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