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【北國新聞】 創刊125周年 ふるさとに希望の灯ともす

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 北國新聞は創刊125周年の節目を迎えました。長きにわたって皆さまから頂いたご支持の重みに身の引き締まる思いです。あらためて、深く感謝を申し上げます。
 創刊者の赤羽萬次郎は1893(明治26)年8月5日の発刊の辞で「ふるさとの森羅万象の案内者」になると宣言しました。案内者として伝えたことの一つが鉄道敷設の意義です。当時、鉄道がなかった北陸は明治の発展から取り残されようとしていたからです。
 今、石川は北陸新幹線で大きな活力を手にしました。建設構想が浮上してから金沢開業まで半世紀余りの間には「無駄」の批判が繰り返されました。それでも本紙は中央目線の反対論にひるむことなく、建設の必要性を主張し続けています。それも、地方の自立を重んじた萬次郎の遺志が125年にわたって受け継がれていることの表れです。
 この125という数字には創刊者を巡る縁を感じます。赤羽萬次郎は民権派の言論人として大隈重信と交流していました。2度も首相に就いた大隈の持論は「人生125歳説」です。人は健康であれば125歳まで生きられるという楽観的な説で世に訴えようとしたのは、年を重ねても希望を持ち、失敗しても悲観せずに勇気を出して生きる姿勢の大切さでしょう。
 実際に大隈は70歳を過ぎてから国民の絶大な支持を得て首相に返り咲きました。人生125歳説を唱え、青年のように前向きに生きた大隈の生涯をたどると、創刊から125年を迎える北國新聞の歩みを思わざるを得ません。
 本紙は創刊100年を機に、評論、報道のよって立つ三原則を社説に掲げました。「勇気ある建設的評論」「国際性を持った地域主義」「文化土壌の継承と発展」です。
 石川の森羅万象を追い、地域を興す記事、論説を書く。この萬次郎精神を100年の節目に思い起こし、報道と評論の原則を立てて前に進む勇気を出していなければ、惰性に流されたかもしれません。
 創刊100年の頃、日本経済は低迷期に入っていました。しかし、私たちはふるさとの将来に希望を持ち、この地に根づく文化の力を伝える活動を通して地域を興す使命を果たそうと考えたのです。
 厚みのある石川の文化は、中央から押し寄せる画一化の波にのまれることなく個性を発揮し、海外からも一目置かれるようになりました。文化の力に着目した地元紙として多少なりとも、ふるさとのお役に立てたとしたら、この上なく幸いに思う次第です。
 ことし北國新聞は次の125年に向けて新たな一歩を踏み出します。これからも県民の皆さまと息を合わせながら、ふるさとに希望の灯をともし続けたい。新年を迎え、この思いを深めています。 (論説委員長
 髙見俊也)

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