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【富山新聞】 創刊95周年 富山と石川の渾然融和を

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 富山新聞は、創刊95周年の年を迎えました。読者とともに節目の正月を迎えたことを素直に喜びたいと思います。と同時に、大正12(1923)年、北國新聞の「中越附録」として産声を上げた当時の志をひもとけば、富山県の振興のみならず、石川県との連携強化に一層、微力を尽くそうと思うのです。
 「中越附録」が発刊されたのはちょうど、富山県が石川県から分離独立して40年というタイミングでした。発刊の辞には「加越能三州は元来兄弟の国。しかし、富山、石川両県に分かれて以来、両者の関係はそれまでのように密接ならず。富山に富山式あるがごとく、石川に石川流ありて、互いにその特色を発揮したりといえども、両者の渾(こん)然(ぜん)融和、親近の度をさらに深めることは両県民の慶賀しておかざるところなり」とあります。こう宣言して、高岡が1年で最もにぎわう御車山祭りの5月1日に、その高岡に取材拠点を設け、歩み出したのです。
 富山、石川の渾然融和が北陸全体の浮上につながるとの見立ては、富山県分離独立から135年の今となっても、富山、石川両県への進言に見えなくもありません。北陸新幹線が開業し、県都の富山-金沢間を20分で行き来できる今、「富山式」とか「石川流」などと称して壁を設けることは意味をなしません。多くの両県民が肌で感じていることでしょう。
 本日の紙面に森雅志富山市長と山野之義金沢市長の対談が掲載されています。文化に県境はなく、アートを皮切りに双方向の連携ができないかと、両市長が検討を重ねた末、富山市のガラス美術館と金沢市の21世紀美術館との連携が産まれました。森市長は「加賀藩の時代から根っこは同じ。それぞれが都市の役割を果たしていくことが北陸全体に推進力をつけることにつながる」と語り、山野市長も「北陸全体を見渡して金沢の街づくりを考えることが重要」と応じます。両トップの心意気やよし、でしょう。
 富山県では、石川県からの分離独立に活躍したとされる米沢紋三郎を「分県の父」と称し、その功績をたたえる風潮があります。米沢の功績を語り継ぐ際に必ず登場するのが、当時の理不尽な石川県政から逃れないと越中圏域の将来はないという米沢の思いです。「ふるさと教育」よろしく、こどもたちに「分県の父」を教える時のキーワードが「石川県の理不尽な政治」です。知らず知らずのうちに県民に「石川県は悪」という印象が刷り込まれてはいないでしょうか。そうだとすれば、残念なことと言わざるを得ません。
 5年後は富山県置県140年と富山新聞創刊100年です。そこに向かって、より建設的で未来志向な両県の関係構築に微力をささげることが富山新聞の仕事であろうと思っています。 (富山新聞社代表・報道局長小川哲哉)

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