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E280-MIYAZAKI

【宮崎日日新聞】 分断の時代

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◆神楽の里が照らす共生の道◆
 太古の闇を思わせる山々の夜の静寂に、太鼓や笛の音がとけていく。森でそっと息を忍ばせている木や獣や鳥たちが神の舞に目を凝らし、ちりちりと燃える焚(た)き火を囲む人々の談笑に耳を澄ましているようだ。一帯が霊気に満ちている。こんな幻想的な余韻を残した西都市・東米良地区の銀鏡神楽。
 御神屋(みこうや)には猪頭が供物として捧(ささ)げられ、祝子(ほうり)が夜を徹して舞を奉納する。60年以上毎年欠かさず舞ってきた銀鏡神楽保存会会長の甲斐公成(たかなり)さん(79)は「歴史は500年以上。ずっと形を変えずにやってきた」。
 1977(昭和52)年に国の重要無形民俗文化財に指定されて以降、見物客は増えた。しかし、神楽はあくまでも神事、地域の伝統文化だという。山の恵みを頂いて命を長らえる里山の暮らし。祖先や大地を思い、生活の安寧と五穀豊穣(ほうじょう)を願う祈念の場である。 相互に連関し合う命
 神楽を終え平穏を取り戻したある日の午後、あらためて地区を歩く。林業が栄えた往時には飲み屋や商店が並び、パチンコ店まであったという。栄枯盛衰を経た地域に残されたもの。神楽と同様にかたくなに守ってきたものを探す。
 自分の主張を押し付けるわけでもなく、自然と命の巡りに感謝して言葉少なに生きる人々がいる。季節の移ろいに寄り添い、厳しい自然と折り合いをつけて質朴と暮らす生き方がある。今は亡き者たちが人力で一つ一つ石を積み上げ、粘土質の土でのりを張ったという棚田の連なりにも、そうした人々の苦労や工夫、知恵や願いを垣間見る。
 「ここを離れようと思ったことは一度もないなあ」と話す甲斐さんに理由を尋ねると、「あの棚田で今年も米を作った。ご先祖さまに申し訳が立たないから」と遠慮がちに答えた。
 一つの命が生きていくには周りに数え切れないほどの命があり、相互に連関しながら生かされる。自然の中で人は小さい存在だからつながり助け合うしかない。このことを皮膚感覚で知っている人たちだ。それは享楽と消費と効率を追い求める都市が忘れかけたものだろう。人が生きる上で最も大切な、今の世が必要としている精神性だ。 世界を覆う排外主義
 年のあらたまり。普段は何げなく流れている時間を少しせき止め、世界に地域に目を凝らしてみる。どんな風景が見えてくるだろうか。
 依然として紛争やテロ、殺戮(さつりく)が絶えない。シリア難民受け入れが欧州を揺るがし、ミャンマーの少数民族ロヒンギャへの迫害が続発したことも記憶に新しい。安住の地を求めてさまよう彼らを私たちはどれほど救えているだろう。
 「共生」がこれからを生き抜くすべだと皆が分かっているのに、人々を分かつ「見える壁」「見えない壁」があちらこちらに立ちはだかる。トランプ米大統領がメキシコとの国境線に壁を建造するとした公約はその象徴だ。排外主義と民族主義が世界を覆い、私たちは分断と対立の落とし穴にさらされている。私たちが住むこの国にも貧富の拡大、過酷な労働環境、いじめ自殺、性や人種による差別など社会的排除は現実としてある。
 世を棄てし寒さと棄てぬ寒さあり新宿西口地下道を行く
 若山牧水賞受賞者の歌人小島ゆかりさんの「希望」から引いた。世を棄(す)てたホームレスの人の「寒さ」はもちろんだが、世を棄てていない人も抱いてしまう「寒さ」。分断され、孤立し、人とつながれない寒々とした心の渇きをうたう。
 混沌(こんとん)の時代に感じる「寒さ」を「温(ぬく)もり」に変えていきたい。自国に有益なら、自分の住む地域さえ安全なら、自分さえよければ、という内向きな利己主義は負の連鎖を生むだけだ。世界各地や足元で起きている不安定は私たちの無関心と地続き。同時代を生きる限り、傍観は許されない。 傷が絆をつくる希望
 社会に見える壁、心理的な壁、あらゆる壁を乗り越え人と手をつなぎたい。力をこめて握り締める、そっと手を合わせる、心を寄せる。つなぎ方はいろいろ。壁の向こう側にはどんな景色が広がっているんだろう、どんな人が待ってくれているかと想像するだけで、圧倒的な壁もひょいと跳躍する単なる装置に変わるかもしれない。
 ホームレスの人々の支援を実践してきたNPO法人抱樸(ほうぼく)(北九州市)の奥田知志理事長は著書の中で「絆は傷を含む」と書く。「出会うことは、もはや私が私でいられなくなることである」と。出会いは煩わしさ、しんどさ、違和感を伴う。自らに変化を迫る。「直接的な出会いは大変リスキー。匿名性という安全地帯に身を置いたままでは何も変わらない」。人と出会い、共に生きるとはそういうことだ。自身の変化は成長だと信じ、ともに時を刻んでいけたらいい。
 神楽に話を戻そう。国指定重要無形民俗文化財である九州の神楽保存会10団体(本県4団体含む)が連携し、ユネスコ無形文化遺産登録に向け活動を本格化させた。悠久の時を超え、文化と大地と共生する姿を先取りして体現する人々が、今に訴える力は大きい。
 人口減や過疎化など沈滞しているかのように見える地域が実は、再生への道をほのかに照らす。逆境や苦悩の中にある傷と弱さはいつか絆を結んでくれる。人生も社会も地域も、そこに希望を持ちたいと思う。

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