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【中国新聞】 「この世界の」ロングラン まっとうな生き方問う

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 アニメ映画「この世界の片隅に」は観客動員200万人を超え、当初63館だった上映先も累計390館以上に上る。中でも広島市中区の映画館「八丁座」では足かけ3年の上映と最長で、再度の年越しとなった。
 これほど息の長いヒットを誰が想像しただろう。広島や呉が舞台の戦争もので、せりふも広島弁といった「ご当地」効果だけでは説明が付かない。いったい何が人々の心をつかみ、劇場に足を運ばせ続けたのか。
 ▽尊い日常茶飯事
 八丁座の館主、蔵本順子さんは言う。「いとおしいものが画面にあるからでしょう。わがままでなく、ぜいたくでもないのに、ほのぼのと幸せな時間や懐かしい風景が詰まっている」
 何度となく挟まれる食事時の場面は、その一つだろう。朝な夕な、ちゃぶ台を家族が囲む。つましいだんらんを、ほほ笑ましく描いている。
 男きょうだいが兵隊に取られようが、玉音放送で敗戦を知らされようが、お膳の支度は繰り返される。今日もあしたも、あさっても。命をつなぐ日常茶飯事の重みが、見る者の胸に染み渡ってくる。
 ▽時代の風つかむ
 38年間、上映作の品定めを続けてきた蔵本さんには「映画は生き物」と映る。ロングランとなる鍵は、作品そのものの生命力に加えて、「時代のトレンド(風向き)をつかめているかどうかです」と踏む。
 おととし11月の封切り以降、スクリーンのこちら側では、どんな風が吹いていたか。
 自ら求めて世界を敵に回すかのような、北朝鮮の挑発がやまない。核実験の強行、大陸間弾道ミサイルの開発…。朝鮮半島が火薬庫と化す中、日本でも弾道ミサイルの着弾警報や万一に備える避難訓練と、戦時下の防空演習さながらである。
 年代を追って物語が進む「この世界の」では、場面ごとに年月が記される。<15年3月>、<19年6月>…。昭和の年号が省かれ、きなくさい現代と二重写しになる効果をもたらしていよう。例えば<17年>は、2017年の省略でもあるからだ。
 先月の17年12月、射程が数百キロに及び、「専守防衛」の大原則を揺るがしかねない巡航ミサイル導入を閣議決定した。護衛艦にステルス戦闘機F35Bを搭載する防衛省案も明らかになった。政府見解で自衛の範囲を超えるとしてきた「空母」復活の動きにほかなるまい。
 くしくも映画で、主人公とめいが呉軍港の沖合に空母の姿を探すのは<19年7月>である。戦後の実感が遠ざかる今、次なる「戦前」の予感の方がむしろ身近なものとなりつつある。
 ▽「理不尽」な戦争
 もう一つのトレンドは、「人はなぜ生きるのか」との問い掛けかもしれない。個性尊重で価値観がばらけて、開く格差も相まって、まっとうな人生の道筋が見えなくなっている。
 「この世界の」でも、主人公の幼なじみの水兵が遺言のようにつぶやく。「わしゃあ、英霊呼ばわりは勘弁じゃけえ。おまえだけは最後まで、この世界で普通で、まともでおってくれ」
 そんなせりふは、発行部数が計100万部に達した昨年のベストセラー、「漫画
 君たちはどう生きるか」と原作の新装版「君たちはどう生きるか」(ともにマガジンハウス)にも通じるものがある。
 1931年に治安維持法で逮捕された著者の吉野源三郎(岩波書店編集者)が、軍国主義に流されず、自分の頭でまっとうに考えるよう思いを込めたのが同書だった。父と死別した15歳の少年を導く叔父の目を通し、古今東西の偉人伝などに触れつつ「どう生きるか」と人生の本義に読み手をいざなう。
 「この世界の」「君たちは」とも殊更、反戦を訴えてはいない。だが、茶飯事の対極にあり、理不尽の最たるものが戦争—との見方で通底している。
 異例のロングランは、広島では大ヒット作「タイタニック」をしのぐ。観客の支持も手伝っての金字塔で誇らしい。今月26日の「完走」まで作品を余すところなく、かみしめ合いたい。

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