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【陸奥新報】 岩木川改修100年「流域の一層の発展を期したい」

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 「母なる川」と称される、津軽地域を流れる岩木川。その流域で行われてきた岩木川改修事業が今年、国直轄治水事業の工事着手から100周年の節目を迎える。
 岩木川の逆流防止と食糧増産を掲げる国策として始まった事業は、戦禍での停滞や洪水による工事の難航など、数々の困難を乗り越えながら進められてきた。
 改修によって水難を防ぐと同時に河川を水源資源として活用する役割を担うようになり、今では津軽平野に大いなる恵みをもたらしている。先人たちの知恵や努力によって豊かな大地に生まれ変わった岩木川流域の変遷を振り返りながら、100周年の節目を地域のさらなる活性化に結び付けていきたい。
 岩木川は世界自然遺産の白神山地を源流とする一級河川で、他の河川と合流しながら北上し、終点の十三湖から日本海に注ぐ。流域面積は約2540平方キロ、流路延長は約102キロに及び、流域内には13市町村が栄える。
 今でこそ津軽平野は多様な農水産物を生み出す肥沃(ひよく)な大地だが、かつては水害や塩害に悩まされた低湿地帯だった。十三湖の閉塞(へいそく)による岩木川の氾濫にたびたび見舞われ、排水不良から開発が難しく、旧中里町や旧車力村などの水田は、ぬかるみが腰や胸に届くほどだったという。藩政時代から試みてきた開削工事も失敗続きで、荒れた田畑が放置されることも少なくはなく、改修は地域住民の悲願だった。
 こうした環境を変えたのが岩木川改修事業だったが、工事は決して順調に推移したわけではない。第2次世界大戦の勃発で、国家財政の緊縮化による工事費減額や工期延長、資材不足などに悩まされたほか、完成目前の堤防が洪水で決壊する不運にも見舞われた。完成までの道のりは、度重なる逆境や苦難に粘り強く立ち向かってきた関係者の努力のたまものといえるだろう。
 整備着手から約20年の歳月を経て十三湖水戸口の閉塞を解消する突堤が完成し、干拓につながる右岸・左岸囲繞(いにょう)堤も建設された。これによって津軽平野の排水不良などは解消され、日本有数の穀倉地帯へと生まれ変わった。淡水と海水が入り混じる十三湖はヤマトシジミの産地となるなど流域に恵みをもたらしている。
 洪水対策も進み、宅地化などの土地利用も進んでいる。2016年には貯水容量が大幅に増した津軽ダムも完成し、治水・利水効果が高まった。
 津軽平野ならではの資源を掘り起こし、流域住民に多くの恵みと繁栄をもたらしている岩木川。100周年の節目に当たり、さまざまな記念事業も検討されている。改修事業の意義と効果を改めて振り返り、地域のさらなる発展を期す機会としたい。

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