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【富山新聞】 家持生誕1300年 新たな文学風土耕す節目

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 「春の苑(その)紅(くれない)にほふ桃の花下照(したで)る道に出で立つ娘子(をとめ)」。夕日を浴びた春の園で、紅色に照り映える桃の花の下に少女がたたずんでいる。いま厳しい寒さの中にあって、秀歌として知られたこの和歌を眺めているだけで、温かく色鮮やかなふるさとの春への渇望が沸き上がってくる。ことしは、この和歌を富山の地で詠んだ万葉の巨星・大伴家持の生誕1300年にあたる。
 万葉集の編纂に中心となって携わったとされる家持は、万葉集の中に自身の作品473首を収めている。収録作品全体の1割以上にあたり、そのうち越中在任中に詠んだ作品は、約半数の223首に及ぶ。オーバーではなく、富山の豊かな風土なくして万葉の巨星なしとも言えるのではないか。県内では、節目に合わせて大型の事業が展開されているが、「万葉」と「家持」をキーワードにして富山の地を広域に発信し、地元の文学土壌を耕す機会にしたい。
 奈良時代に生きた家持は746(天平18)年から5年間を越中国府があった現在の高岡市伏木で過ごした。家持の生涯の中で、その赴任先は九州から東北まで全国各地に及ぶが、越中時代は30歳前後で文学的な才能が開花した時期であり、都の政治的な抗争から離れた赴任生活の中で、豊かな海や山に想を得た数多くの秀歌を生み出している。万葉集の中には、家持のほか、部下たちの作品も含めて地域色が色濃くにじんだ越中万葉歌も収められているが、これも郷土文学の先駆的業績と言えよう。
 家持という繊細なフィルターを通して感じ取る立山連峰や富山湾の風情は、いつの時代にあっても新鮮な発見に満ちている。富山の将来を担う若者たちが、地元の自然と風土を礼賛する和歌の数々に親しむ機会を作ることは、ふるさと愛を育み、感性豊かな人材育成につながる。
 県では一般向けの「家持百首」をはじめ、幼児から各年代向けの絵本やガイド本を企画し、高校に一流の講師を招いて「平成万葉塾」を開催してきたが、こうした分かりやすい家持入門の取り組みを続けていきたい。
 生誕1300年で最も注目を集める企画の一つが「大伴家持文学賞」の創設であろう。対象は全世界の作家に及ぶだけに、現代詩の潮流の最前線を実感できる質の高い作品を顕彰したい。地方発の文学賞の中には先細り感のあるものもみられるが、家持文学賞を軌道に乗せることで、万葉歌人・家持の世界発信にもつながるだろう。
 同文学賞と合わせて、富山ゆかりの40歳未満の作家らにスポットを当てる「高志の国詩歌賞」もあわせて創設された。文化の担い手を育てる揺りかごとして、富山の名を高めるためにも、継続開催で定着させたい。
 文学土壌の質を高めることと同時に、家持の足跡を通じて地域間交流を進めていくことも大切だろう。2016年秋には、高岡市で家持ゆかりの9市1村の約400人が参加してサミットが開かれ、参加自治体の首長が万葉を切り口に地元の魅力を紹介した。足跡が広域だけに交流の可能性も広がる。また1300年という共通項で言えば、ことしは羽咋、能登、鳳至、珠洲4郡による「能登国」が誕生して1300年になる。
 家持は、能登国が一時、越中に組み込まれていたころに赴任した。能登を視察し、羽咋や七尾、輪島などを巡って珠洲から越中国府に舟で戻ったとされ、その際に家持がつくった和歌が万葉集に収められている。1300年という「同い年」の縁も生かしながら、関係団体や自治体が、家持と能登を結んだ共同企画を提示してもいいのではないか。
 珠洲市と高岡市は、昨秋の奥能登国際芸術祭の開催に合わせ、レンタカーで珠洲市を訪れた人が新高岡駅から北陸新幹線を利用すると、各種特典が得られる誘客事業を初めて企画したが、富山湾を通じてつながる富山県西部と能登地域は、物理的な距離感以上に親和性が感じられる。家持という響きは、その両地域をつなく強力な接着剤になるだろう。
 1300年を機に、家持のたどった道のりと、古びることのない作品を手掛かりにして、郷土の文学風土を鍛え、新たな交流の可能性を掘り起こしてみたい。

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