Home > 社説 > ブロック紙 > 西日本新聞 > 【西日本新聞】 危機の東アジア 「平和な日常」を守り抜く
E060-NISHINIHON

【西日本新聞】 危機の東アジア 「平和な日常」を守り抜く

そう思わないそう思う (まだ投票していません)
Loading...

 新春のさわやかさの中にも、どこか重苦しく、心配事を抱え込んだ2018年の年明けである。
 核・ミサイル開発を急速に進展させる北朝鮮と、それを阻止しようとする米国との外交上の攻防が、今年中にもヤマ場を迎えそうだ。米国が外交解決の努力を放棄し「軍事的選択」に踏み切る可能性も指摘されている。
 軍事的選択といっても、つまりは戦争である。もし米朝両国が本格的な戦争に突入すれば、日本や韓国にも戦火が及び、甚大な損害を受けるのは確実だ。
 戦後72年余、日本人が初めて戦争の不安に駆られている。日本はこの危機を回避できるのか。
 ●米朝の緊張は頂点に
 昨年11月、弾道ミサイルを発射した北朝鮮は、政府声明で「米本土全域を攻撃可能」「超大型の重量級核弾頭を搭載可能」などと主張し、「国家核戦力を完成させた」と声高に力説した。
 声明を額面通り受け止めていいかは定かでないが、「全米射程」の宣言に米国の緊張は高まった。米議会からは軍事力の行使を求める強硬論が上がり始めている。
 米国は同12月、国連安全保障理事会で北朝鮮に対する制裁の水準を上げる決議の採択を主導した。当面は制裁による圧力路線を進める構えだ。しかし北朝鮮がこのまま核やミサイルの能力を上げ続ければ、それが今年のどこかで米国のレッドライン(越えてはならない一線)に触れる可能性が高い。
 そのとき軍事衝突へ突き進むのか、それまでに一転して交渉に向かうか。東アジアの平和と安全は重大な岐路に差し掛かっている。
 ●不信こそがリスク
 ただ、もし米国と北朝鮮の指導者が理性的かつ合理的に物事を判断するなら、戦争が始まる可能性は決して高くない。
 仮に北朝鮮が先にミサイルで米国や同盟国を攻撃すれば、米国の圧倒的な軍事力による反撃を受け、体制が崩壊するのは自明だ。
 米国にとっても、たとえ先制攻撃で北朝鮮に打撃を与えても、即座に体制を崩壊させない限り、北朝鮮の反撃が韓国や日本に向かい、同盟国に多大な被害を及ぼすリスクは消えない。韓国在住の米国人の安全確保も難題だ。常識的に考えれば、両国とも簡単に武力行使に踏み切れる環境にはない。
 危険なのは、指導者や国民が怒りや恐怖に駆られ、適切な判断ができなくなったケースだ。相手の行動や意図に対する認識不足、誤解が負の感情を増幅させる。
 この点でトランプ米大統領の攻撃的な性格や視野の狭さには不安を覚えざるを得ない。一方の金正恩委員長に至っては一体どんな人物なのかほとんど分からない。この状況では誤解と不信に基づく不測の事態が起きる危険は大きい。
 だからこそ対話が必要なのだ。
 安倍晋三首相は、「全ての選択肢がテーブル上にある」とするトランプ大統領を「一貫して支持する」との姿勢だ。それでは日本人の命運をトランプ氏に預けるのと同じではないか。その結果、戦争に巻き込まれたのでは、あまりにも理不尽である。もっと主体性を発揮し、米朝の対話を導く外交的役割を模索すべきではないか。
 ●冷静さを失わずに
 ここで国民、すなわち私たち自身について考えてみたい。
 ほとんどの国民は、自分は戦争が嫌いで、日本が自ら戦争を選ぶことはないと思っている。
 ところが、Jアラートが鳴り響き、北朝鮮のアナウンサーがあの口調で脅しのような主張を繰り返すのを聞けば、やはり心中に負の感情が湧き起こってくる。「いっそ米国にガツンとやってほしい」などと短絡的に考えたくもなる。
 国民の不安や怒りが高まれば、それに迎合して強硬論を口にする政治家がもてはやされる。穏健な主張をすると「弱腰」などと攻撃される空気に染まってしまう。
 日本が太平洋戦争に突入したとき、米英両国の圧迫にいら立っていた国民は、戦争を決断した政府に喝采を送った。しかしその後にやってきたのは地獄であった。
 私たちは不安や怒りに流されず、勇ましい言葉にもあおられず、冷静に考え行動することができるか。今年の正月にかみしめた平和な日常を守り、次の時代に引き継ぐことができるか。
 今が踏ん張りどころである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。