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【茨城新聞】 明治150年 誤りからこそ学ぼう

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今年は明治改元から150年を迎える節目である。安倍晋三首相は4日、伊勢神宮参拝後の年頭記者会見で、明治維新について植民地化の危機を近代化によって克服したと評価、少子高齢化という現代の「国難」も乗り越えられると強調した。
政府はすでに「明治の精神に学び、日本の強みを再認識する」ための関連事業を進め、地方自治体などの取り組みを支援している。年頭会見で「私のふるさと長州の松下村塾」が維新の原動力だったと胸を張った安倍首相が主導したため、維新を極めて肯定的に捉えた事業がほとんどだ。
しかし、この150年の間には太平洋戦争という大きな「誤り」もあった。今日の日本は多大な犠牲と深い反省の上に築かれた。その誤りからこそ学ぶべきものがある。
そもそも、明治以降の歩みをひとくくりにすることはできない。
2015年、安倍首相が戦後70年談話を発表するに当たり設置した有識者会議は、報告書で1931年の満州事変以後の中国進出、日中戦争、太平洋戦争を念頭に「30年代から40年代前半の姿とは全く異なる国に生まれ変わった」と断定した。
安倍首相も談話を、植民地支配が広がる幕末の国際情勢から説き起こし、「アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜いた」と位置付ける一方、満州事変以後、「進むべき針路を誤り、戦争への道を進んでいった」と述べている。
その結果が、日本人だけでも約310万人という途方もない死者を生んだ敗戦であり、安倍首相が「わが国の長い歴史に訪れた、初めての、最も深い断絶」と位置付ける7年間の占領だった。
安倍首相はかつて現行憲法について再々、占領下に公布されたことを理由に「大きな強制の中で制定された」として「真の独立」を果たすには改正が必要だと述べた。
仮にこの主張通りだとしても、戦後70年談話に安倍首相自身が示したように、計り知れない犠牲や占領を伴う敗戦の要因は、かつての日本の誤りだ。となれば、今、改正作業に入る前に必要なのは、なぜそんな誤りを犯してしまったかを突き詰めることではないか。
詰め切ることはできないかもしれないが、その努力さえもなければ、改憲で真の独立を得たとしても、同じ誤りを繰り返す可能性が残るだろう。誤りの原因を簡明に説明してくれるような文書は日本にはない。敗戦直後、当時の幣原喜重郎首相が「戦争調査会」を内閣に設置し、敗戦までの経緯を総括しようとした。一部の委員からは「明治維新にまでさかのぼる必要がある」との意見も出されたが、作業が具体化すると占領機関「対日理事会」のソ連や英国が中止を求め、廃止された。日本人の手になる敗戦の総括はないのだ。
戦後70年談話は、「欧米諸国の植民地経済を巻き込んだ経済のブロック化による行き詰まり」を「力の行使によって解決しようと試みた。国内の政治システムは、その歯止めたり得なかった」と概説した。
年頭会見で、安倍首相は緊迫する北朝鮮情勢を「これまでにない重大かつ差し迫った脅威」と幕末になぞらえるかのように表現した。そんな時であればなおさら、かつて軍部に対して政治が機能しなかった原因を突き詰めるべきだろう。

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