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【岩手日報】 <平成の30年>情報社会の進展 何が変わったのだろう

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 人生が平成と重なるアラサー世代のわが子らに教わることは多い。情報技術(IT)関連は、その筆頭だ。
 政府が本格的にIT対策に乗り出したのは2000年。「IT革命」は、同年の流行語・新語大賞だ。当時の首相は、ITを「イット」と発音して失笑を買ったが、真にITを理解する人はどれほどいただろう。「革命」から約20年の環境変化は、目を見張るどころかくらんでくる。
 一方で、そうした変化に見合うほど社会の実相は変わっただろうか。情報技術の発達が生活を便利にしたのは確かだが、それで日本社会は生きやすくなったのだろうか。
 結論から言えば、決してそうとも思えない。むしろ生きづらさを抱え込む層が、ネット社会になだれ込んで潜在化している印象がある。
 4日付社会面で、ツイッターに「死にたい」と書き込んだ10代の少女が、それを見た男の誘いの言葉に乗って殺されそうになったという記事が載った。神奈川県座間市のアパートで昨年秋、ツイッターなどに自殺願望を書き込んでいた女性ら9人の遺体が見つかった事件と酷似するのは、偶然ではないだろう。
 平成は、昭和の高度経済成長の残夢とも言えるバブル経済の崩壊とともに始まった。都市への人材供給基地として高度成長を下支えした農村の疲弊が進み、生活格差が顕在化して中流意識は減退。「勝ち組」「負け組」という言葉が市民権を得た。
 アベノミクスの下、景気拡大は成長期の「いざなぎ」を超えたとされる一方で、半数近くが非正規雇用。人口減少時代に入って働き手が減り、社会の安全弁である社会保障には先行き不安が募る。
 右肩上がりの頃から状況は一変したのに学歴や収入、社会的地位といった旧来の価値観に根差した「勝ち組」の枠組みは不変。それに染まらない、あるいは染まれない層が居場所を求めてネット空間をさまよう構図が浮かぶ。
 情報技術の発達は個人の世界を広げる一方、気に入った情報だけに接して自分の考えに引きこもる「たこつぼ」化の懸念を内包する。座間市の事件は、最悪の形で問題の所在を社会に知らしめた。
 待機児童問題で「保育園落ちた日本死ね」との匿名ブログをきっかけに政府批判が噴出したのは一昨年。匿名の是非はさておき、時に匿名社会が世論を形成する時代だ。
 ネット空間に潜在する実社会への不平不満は、公共の言論になり得るだろうか−。
 そんな議論を振った長男は正月早々から仕事絡みの案件処理に忙しい。昭和から平成へ、情報化で社会はどう変わったのだろうと改めて思う。
 

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