Home > 社説 > 全国紙 > 毎日新聞 > 【毎日新聞】 論始め2018 終わりゆく平成 新しい時代へ模索が続く
E020-MAINICHI

【毎日新聞】 論始め2018 終わりゆく平成 新しい時代へ模索が続く

そう思わないそう思う (まだ投票していません)
Loading...

 4月1日
 消費税スタート
 6月24日
 美空ひばり死去
 11月9日
 ベルリンの壁崩壊
 12月29日
 日経平均株価過去最高
 昭和が終わり、29年前のきょう、平成が始まった。その1989年の出来事である。いずれも新しい時代への移行期を象徴している。
 平成は天皇陛下の退位により、来年4月末で30年余の歴史に幕を下ろすことになった。
 平成とはどんな時代だったのか。次にどうつなげていけばいいのか。今年はそれを考える年になる。
 毎日新聞は昭和天皇の大喪の礼からひと月後の89年3月、世論調査を実施している。それによると、新元号が「明るい」「わかりやすい」と答えた人はともに75%を占めた。
 戦後、日本は奇跡的な復興と高度経済成長を遂げた。一方で敗戦の傷を抱え続け、昭和には戦争による「暗」のイメージが残る。
 国民が「平成」にプラスの印象を抱いたのは、新しい時代へリセットする期待からだったのだろう。しかし、現実はその期待通りにはいかなかった。
 米国の社会学者、エズラ・ボーゲルがベストセラー「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を書いたのは79年のこと。終身雇用、年功序列など日本型経営を高く評価した。
 こうした日本の「成功体験」がバブル崩壊で色あせ、国としての自信を失っていく。その後「失われた20年」と呼ばれる低迷期に入る。
 少子高齢化が一層進んで社会保障制度が揺らいだ。消費税を上げても現状に追いつかない。
 東西冷戦後、グローバル化の波は世界に及んだ。企業は生き残りのため非正規雇用労働者を大幅に増やし、格差が広がって昭和の「1億総中流」社会は崩れた。
 右肩上がりの経済成長と国民の一体感を背景にした美空ひばりのような国民的大スターが、もはや現れる時代ではないだろう。
 この時期、政治は安定しなかった。短命内閣が多く、平成期の首相は竹下登首相から安倍晋三首相まで17人に上る。政治が重要な課題に有効な対策を打てないまま時間を費やしてしまった。
 「明るい」イメージでスタートを切った平成にはやがて閉塞(へいそく)感や喪失感が漂うようになる。
 2005年の映画「ALWAYS三丁目の夕日」がヒットしたように「古き良き昭和」への憧憬(しょうけい)が募るのも、この時代状況が背景にある。
 そこに、「日本を取り戻す」というキャッチコピーで支持を集めたのが安倍首相だった。日本がかつての自信を喪失したことの裏返しとも言える。
 天皇陛下も激動の時代だった昭和と向き合ってこられた。即位後、戦没者の慰霊の旅に熱心に取り組み、広島、長崎、沖縄、海外などをたびたび訪問したことに表れている。
 陛下は憲法を尊重し、新しい象徴天皇像の模索を続けた。自身の墓である陵の規模を縮小してご喪儀も簡略化する意向を示したり、外出時の警備を簡素に変えたりした。前例にとらわれない「平成流」である。
 陛下が最も心を砕いたのは国民とともにあることだった。とりわけ震災などの被災地の人々に寄り添うことを大切にした。
 その役割が加齢のため十分に果たせなくなったとして陛下が退位を考えたのは自然な流れだった。
 だが、退位をめぐり、復古主義的な安倍政権と宮内庁側との間で意見が食い違い、あつれきが生じた。それは昭和との向き合い方が異なるからではなかったか。
 平成は国民にとっても昭和の価値観を超えて、新しい社会のあり方を模索する時代であった。
 阪神大震災では多くの人々が現地にかけつけ、「ボランティア元年」といわれた。東日本大震災でも全国からボランティアが集まった。
 NPOなどの非営利団体で活動する人が飛躍的に増え、これまで行政に頼ってきたような社会問題に積極的に関わるようになった。
 女性の社会進出が進んで男性の育児が当たり前になり、かつてエコノミックアニマルといわれた働き方も変わってきた。
 平成という時代を定義することはまだ難しい。しかし、昭和からの流れで平成を振り返る時、次の時代につながるヒントが見えてくるのではないか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。