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【北國新聞】 鼠多門橋の整備 新たな人の流れ生む起点に

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 金沢城公園の鼠多門(ねずみたもん)と尾山神社を結ぶ「鼠多門橋」が、木の風合いを取り入れて、藩政期に近い姿によみがえることになった。玉泉院丸庭園から始まり、鼠多門、鼠多門橋と整備が進む中で、かつては老朽ビルや駐車場が石垣を隠すように連なる地味な一角だった金沢城西側に光が当たる。最後に残った民間ビルも昨年解体され、跡地は緑地化される予定であり、城周辺の石垣回廊も一段と鮮明に眼前に迫るだろう。鼠多門橋を新たなランドマークとして、県都中心部に多様な人の流れを生み出したい。
 江戸初期に作られた鼠多門橋は明治10(1877)年に老朽化のため撤去されたが、昨年暮れに工事が始まった鼠多門の復元に合わせて再現されることになった。
 新年度に始まる橋の工事では、下を通る車の通行を妨げないように、橋桁を藩政期当時より1・2メートル高い4・7メートルとし、耐震構造にも配慮して一部鉄骨を使い、外側を木材で覆う技術を採用するという。金沢城に向かう橋と言えば、兼六園から石川門につながる堅牢なコンクリート製の石川橋が知られるが、それと対照的なたたずまいになるだろう。
 ことしも尾山神社は初詣でにぎわったが、今後は、たとえば初詣の後、鼠多門橋を渡って金沢城に入り、石川門から出て無料開放の兼六園をたどるという元日の金沢巡りの新たな定番コースができるかもしれない。
 鼠多門に隣接する櫓(やぐら)の石垣は、築造を引き受けた後藤家の史料によれば、それまで職人のカンに頼っていた工法を数値化し図面に残したものとして希少性があり、手がけた中でも極めて価値が高いとしている。
 櫓は隣接する老朽ビルの解体によって一層景観に映え、見過ごされがちだった一帯の歴史的価値を高めている。今後も石垣回廊の整備を進める中で、景観を損なったり、根っこで石垣を崩す恐れのある樹木などがないかどうかも含めて繊細な目配りが必要だろう。
 ポスト新幹線時代の柱となる金沢城周辺の「かたち」が整ってきたことで、県都の中心部をじっくり散策する多彩なメニューを提案していきたい。

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